どうということもない

どうということもないけど 忘れたくない

帰り路のエチュード


受信トレイに溜まった幾千のメールさえ阿呆らしい。文字がなくなってしまうのが苦しくて消せないでいるのに、邪魔で仕方がないんだ。

いつも品川から家へ歩を進めるその瞬間全てが愛しい。今日は少し右に曲がって、雨露に濡れたネオンを見上げて帰ろう。水に濡れたアスファルトのキラキラとひかるのが綺麗で、その上を走るタイヤに嫉妬してしまう。私はアスファルトを小さな足で踏むことが出来ても、あんな風にスルスルとは滑れない。見事なものだ。


自分が行くべき場所は自宅しかないので、ここでは今追われているものを少し忘れられる。ワルツを踊っても誰からも馬鹿にされないんだ。ここで終わりでいいので、今、私の人生のセーブボタンを押して、そのあとは他のセーブデータでプレイしよう。じわじわ追い詰めてくるタイプの中間ボスはもうやめだ。いったん逃げて、そこからまた考えよう。


このまま6km歩けば日本橋なのかと思うと、歩こうか迷うけれど。そんなことさえ気にならなくなる。距離なんて宗教だから考えてもだめなのだ。


暗澹とした夜空を突き刺す摩天楼。その男性性に思わず涙を流してしまい、じっと夜が明けるのを待つ。末恐ろしいことに、夜明けはこんなにも遠い。沢山ついている明かりの分だけ絶望と希望があり、人々は今日も削られている。


目先の数字を真摯な顔つきで追うあの人たちに囲まれて、今日も目の前を数字がぐるりと回りつづけて、数々の画面は今日も私の目を犯した。言霊を信じないあの人たちはいつになったら信仰が始まるんだろうか。緑色に輝く我が社のキャラクターがこちら側を向いている限り、遥か遠くに信仰がある。想像力はレイプされて打ち捨てられてしまったようだった。社食に転がり落ちた想像力たちをつつくと、少し悲鳴を上げて潰れていった。虚しさが勝りずるりと啜った味噌汁は薄く、不味かった。


嗚呼、いくらテーマパークに行っても私はちっとも変われなかった。自分が一貫して自分であると証明されてしまった。違う人にはなれないんだ。今はセーブデータが散らばっているのでまとめないといけない段階だ。こんなにも苦しいのに人々は今日もテーマパークへ向かっていった。


ベンチに下ろした腰に気怠さとまどろみを感じて、このまま目蓋を下ろすか迷う。

轟々と音をたてて進む車両はあんなに速いのに私ときたらまだバス停から動けずにいる。自分の情けなさやどうしようもなさに憔悴し、今日は絶縁テープを引っこ抜いても作動しなかったたまごっちをやろうかなと算段する。


しかし横を走り続ける長い電車になってしまったら、ずっと同じ場所から同じ場所へ向かい続けなければならないので、やはり私は人間に生まれて良かったと思いました。


ではまた

amane