どうということもない

どうということもないけど 忘れたくない

カレーが美味しい

カレーが美味しい。何でだろうか。取り止めもなく日常は過ぎていって私はなぜ生まれたのかいつも考えているけれど、やっぱりそれは、煮込んだ玉ねぎとにんじんがほろほろにとろけて絡み合い、茶色く濁ったルウがどろーんどろーんと一体化して混ざって。カレーとして私の目の前に現れてくれちゃうからかもしれない。

大皿の上につやつやした白米が載せられて、その上にでろっと無責任に伸ばされたカレー。更にはチーズやトンカツなんかも入ってきてしまったりして、福神漬けのデコレーションが入ってしまえばもう完璧。茶色と白の混ざり合った複雑な模様の中に銀色のスプーンを差し込むととろりとした艶につぶつぶのスパイス。舌に載ればその瞬間広がる肉から染み出した旨みに後味には野菜の溶けた甘味が染み渡る。お前に会うために私は、日々の息が詰まるような出来事も全てすいすいこなせて(いるような気になって)いるのだ。


カレーのこと、もともと私はそんなに好きじゃなかったのよね。今なら私、そんなに長くもない脚を組んでそんなに長くもない腕をわざとらしく椅子の肘掛けにもたれかからせて鼻を鳴らして言っちゃうぞ。元彼との馴れ初めのように堂々と。だって、みんなが好き好きって言うから、そんなに万人から愛されるタイプって、面白くなさそうじゃない。小学校の頃はそんなに大したことないと思っていた給食のカレー、私は魅力に気づくつもりもなかったし、目もくれなかった。だって私が好きって言わなくてもみんなが好きだし、それにそこまで深みを感じられなかったから。え?そうね、私は給食に出る食べ物はかきたまスープが一番好きだったわ。

やっとわかった。私勘違いしてたのよ彼のこと。誰にでも愛想振りまいてる面白味のない、なんの変哲もない味のやつなんだって…

でも本当はさまざまな側面を持つ彼の中にはとんでもなく美味しいヤツが存在しているってこと。


「あまねちゃんここ絶対好きだよ」

低い音で呟くせかいひろし。この可愛い可愛い女の子に連れていってもらった青森の地下にあった市場の隅っこの食堂。笑顔がひだまりみたいなおばちゃんがやってるところで、9月末で営業元の会社が変更になってしまったらしくもう女将さんのものは味わえないのが悲しい。しかしカレーは継続して提供中とのこと。昔の給食でしか見たことのない銀皿に載ってぼーんと提供されたカレー。でっぷり載った優しい茶色のルウがどろどろになっていて艶々と市場の蛍光灯を反射して光りつづける。ぽんと置かれた味噌汁の謎さも相まって魅力しかない。そしてもうめっちゃ美味そうだし夢中になって口へ運べば実際めっちゃ美味い。

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「うわっ!え、美味い」

気づけば声が漏れていた。見た目と違って割とガツンとくるスパイスは完全に大人向け。しかしほんの少し香る出汁やほろほろに溶けた鶏肉、無数にとけている玉ねぎが舌触りをまろやかに変えていくらでも食べ進められる。玉ねぎと人参は本当にいくつ使われているのだろう。このとろっとしたルーはまさしく白米専用。白米以外にこいつを渡しちゃあいけねえぜ。いや、もしかしたら出汁をもう少し加えて割ったらカレーうどんにできるかもしれない。ていうかカレーうどんにもしてみてほしい。赤くパキッとした色使いの福神漬けはあっさりしていて口直しに最適。まじでテイクアウトしていきたい美味しさ。知らぬ間に半分以上食べ進めてしまって途中にわかめの味噌汁を挟むことにする。的確なインターバルは食事にとって何よりも大切。一つの昼食にも緩急は必ず必要なのだ。というか知らんけど、私的にはそうだ。

「う、うまい」

何度目かわからない私の呻き声のような呟きに、ひろしが満足げに歯を出して笑っているのが見える。カウンターに座ってただカレーを食べているだけに見えるだろうか。いや、そうではない、そこにはこのカレーを食べることでしか分かち合えない熱い(物理的には暑い)感情があったのだ。

「ごちそうさまでした…」

「はーい」

のほほんとしたおばちゃんの声が耳に心地よい。大体のサラリーマンやちらほらくるお客さんもやはりカレーを頼んでいる。海鮮専門の市場なのでもちろん海鮮系定食も備えているのだが、カレーが美味すぎると言うのが理由だろう。カウンターの向こう側に見える大きすぎる寸胴鍋の中に煮込まれているカレーの中身が気になる。

「おばちゃん、わたし、高校生から、ここに通っててね…」

「あらあ、覚えてるわよもちろん」

もうあと数週間でいなくなってしまうと言う店先の彼女に向かって、勇気を出してひろしが話しかけているのを見た。それは言葉にするにはあまりにも優しくて、あたたかくて、ちょっと切ない二人しか知らない時間のながれる場所だ。東京から来た余所者の私は、ただただ、にこにことわらってその光景を見つめるばかりだった。あれは、久々にいいもんを見た。なんていうか、生きてるうちにある場所でそれなりに時間を過ごして、物を食べる、食べさせるっていうのは、意味のあることなんだなあと思わさせられた。覚えていてくれる人を、どれだけ大切にできるのか、人の暖かさや味わいってのはその辺から生まれる気がするんだよな。あの時は派手な髪の毛だったわねえ、とか、あれは大学生の頃で、など、いくつも懐かしそうな言葉が飛び交う。あのときのひろしは何処か恥ずかしそうでそれでいてすっごく嬉しそうで、ほかほかのカレーみたいに湯気がたってたんじゃないかなあ。ちょこんとまとまって二人で撮っていた写真は涙をもらっちゃいそうになる程、素敵だったよ。


何の話してんだっけ。あ、カレーか。青森駅前の丸青食堂のカレーは本当に美味しかった。マジでおすすめなんで、青森アウガに行くことがあればぜひ行ってみていただきたい。そして私が一昨日食べてたのは普通にかつやのドロっとした黒いカツカレーだったけれど、あれもなかなかにうまい。カツに載せる前提で作られてるからやっぱりかなり濃い味になっていてソースのように強く辛口で美味い。さらに気づいたのは、シャキッとしたキャベツにあのルーをかけて食べるとまた深い濃い味わいがさっぱりして歯の奥で弾けるわけよ、それもまた美味い。


まあ言いたいのは、カレー美味い!カレーサイコー!だから私は最近気づいんだよね、実はカレーのこと、めちゃくちゃ好きだってさ…。