どうということもない

どうということもないけど 忘れたくない

いかれる街のグロテスク、デグジュペリより愛を込めて


架空の話です。


星を旅してやってきた脚の細い美青年が、たどたどしくも優しい、低い声色で。訥々と話す。

僕はまさしくサン・デグジュペリ。初めて星の王子に出会った人であれば間違いなくこの出来事を小説にしたろう。だから、なので、僕もここに話を認めてみようと思う。眩く輝かしい道しか約束されていない君と、しがない労働者の僕の間に流れる川は果てない。このまま僕達は今後いのちがぶつり切れるまで交わらないであろう。まあ少しは許して欲しい。たまに疲れをひきずる夜、優先席についつい座ってしまうのと同じ、ふとした罪なのだ。


大きな大きな平皿に入ったふやけた星屑のオートミールをぺろりと平らげたこととか、ざわつく大地の裾野から太陽の光が出てくるのを嫌そうにみていたりとか。面白かったなあと思うんだ。ここで語る僕の傲慢を許して欲しい。


豪奢なシャンデリアが飾ってある家に住んでるのか、王族は汚れた水は飲まないんだろうとニヤニヤしながら聞いたら、あそこの穴に住んでいる。採石場ですこしの分前をもらったりするんだ。と言った時、なーんだ、人間らしいとこもあるんじゃあないかと思って僕は一人嘆息したこともあった。


僕は君が苦手だと言った星の川の飲み物を毎日とても沢山飲んでいた。川を濾過した後のカスみたいな汚水さえ飲んだ。はしたない身分だったから。彼は星の川はふらふらになってしまうから、あまり口に入れられない。僕はその事実が彼を美しくせしめているんだなと思ったし、祭りの時は決まっていなくなってしまうので、嗚呼なんだご機嫌をとりたかったのかその尊顔が離れるのが残念だと思ったのかわからないが、僕は君の前であまり星の川の話をしなくなった。


代わりに火星で見つけた珍しい彫刻であったりとか、数世紀前とある生き物が描いた壁画の話をしたんだ。僕ほど、こういった分野に詳しい奴はいないだろうと思ったのに、ほかの星から来たはずの君は負けないくらい、いやあ僕よりも下手したら詳しかったんじゃないかな。労働者にしか許されないポンチ・ミュージックを知っていたりもしたんだ。あれはなんだったんだろう。君はどこで知ったのだろうか。しかも君ときたらなんだか美しく光る棒を持っていて!くるりくるり、地面に模様を書いたら祭典の装飾品がパラパラ生まれるんだ。とんでもない才能だよ。そういえば祭典の主催者の言っていることがアンドロメダ星雲の言葉だったから、二人で一緒に怒りに行ったりもしたっけ。なつかしいな。


だから僕はてっきり勘違いしていたんだ。


君はこれからこの星でたくさん美しいものを作って、すごいすごいと持て囃されて生きてくんじゃあないかとばかり。君が少し道に迷って、骨董屋への入り方を聞いてきたときにさ、僕は心を決めたのかそうかそうかと親身になって先輩面をしてみたりだとか。そんなことがあったけれども、星の王子はまた他の大きな星へ行ってしまった。隕石を打ちつけて作ったトランクケースと彼の周りにあった星を閉じ込めた沢山の宝石まで置いていって。ここに来た時から着ていた柔らかいローブと煌めく髪だけ持って、見た時にはもぬけのからだったんだ。そりゃ、行こうと思うと言われはしたけども。


僕は実は苦しかった。


少し近づけたと思っていたんじゃあないかな。と勘違いしていたのか。いや、それよりもこれから僕にのしかかる永い孤独のことを思った。壁画の話ができなくなっちゃうんだ。だけど僕と壁画の話なんかするよりずっと君には追いかけるべきものがあったんだって。自分勝手な話さ。


だけれど最近やっと気づいた。本当の友達ってやつは、選んだ道を応援しなくちゃ。くだらない個人的な感情で縛ったりだとかそんなことするべきじゃないって。


本当におめでとう。これからは流星を見るたび、君のことを考えようと思う。


最初から僕はサンデグジュペリじゃあなかった!労働だけが身を蝕み続け、骨がぼこぼことなんだかよくわからない場所に出てくる。毎日はとんでもない速さで過ぎ去り、残りの少しの時間、炉端の花を見つめていれば朝が来てしまう。空を見上げる暇がなくなってしまったんだ。街はやっぱりいかれてるし、この汚く黒い大地を踏むことなく君がいなくなったことにもはや感謝すらあるな。


知らないものがあることが苦しくて毎日目が潰れそうになるまで知ることをやめなかった僕だけど。


たまには空のことも見るようにするよ。気づかせてくれてありがとう。


たくさんのことを考えている。さてそれが思い出だったんだか、僕の思い込みだったんだか。怪しいくらい朧げなんだよ。道端にネモフィラが咲いていてよかったと思えるくらい。街はやっぱりおかしくなったみたいに見えてしまう。僕がおかしいんだろうか。祈る日々が終わり、君の道のりを見つめる。長い滑走路はもう終わりだ。さようなら。またいつか。違う星雲で、会おう。