どうということもない

どうということもないけど 忘れたくない

さむくてもへいき


東北の朴訥とした話し方は。そこかしこに冷えと暖かさの2つが共存していて。空気を、揺らしていた。


2月の八戸はこんなに凍えるのに。彼らの声を聞くたびに、ほっとした気持ちになった。


これは世界ひろしと私の、不思議な縁、そしてそれに付随したささやかな物語である。


これを書いたら全て終わる気がしているので、なんとなく書きたくなかった。でも、終わりはもう来てしまったので、ここに記す。



「八戸でイベントをやります、amaneちゃんに出て欲しい」


連絡が来たのは12月のことだった。



世界ひろしは私が1番に愛するミスiD2020の女の子だ。私のエゴイズムだが、彼女はミスiD2020芸術賞受賞者でありながら、amane賞も受賞しているのだ。(?)作品の哀しさと柔らかささもちろん、本人の愛くるしさがたまらない。

初めて会ったのはセミファイナリストの部屋だった。開演前に私は予定が押して、配布物の印刷がギリギリになってしまい、ボサボサ頭で焦りながらホチキスを止めていた。心配そうに近づいてきて、「…手伝いますよ」と呟いてくれたのが、世界ひろしだった。



最初は2人とも、おっかなびっくりで接しあったが、セミファイナリストの部屋の後で一緒に出た阿佐ヶ谷のイベントのトークで、さらに仲良くなった。その時は世界ひろしが青森出身で、私はおじいちゃんの家が青森にあるということで、盛り上がった。今では仲良しという言葉では表しきれない、溶けた間柄になった。


今回のイベントへ誘いの言葉をもらった時、率直に嬉しかった。しかしすぐに、「八戸か…」と思った。


おばあちゃんとおじいちゃんの家は青森にあるといえど、津軽の方で日本海側。太平洋側である八戸とは正反対だ。里帰りついでに行くテンションで行ける場所ではない。でも、私は大学四年生で、卒業してしまったら就職だ。すぐには世界ひろしとイベントで共演することは難しいだろうし、おまけに世界ひろしが開催する「最初の」イベントに声をかけてもらえている。ミスID主催の小林司も来る。出るしかない。一瞬の逡巡の後にすぐ、返信を送っていた。


その内容がこれだ


「まじかいな!」

「えええw行きたいなw」


………飲み会のテンションでちゃんとしたお誘いに返事をするのはやめなさいと、私は人から教わらなかったのだろうか。今更になって恥ずかしいです、ごめんなひろし。


それから驚くほど早く 時は流れて2月。

日程が近づくにつれて、フライヤーから時程から何から何まで完成していった。全てひろしがやっていて、アートワークの何もかもが抜かりなくカッコ良かった。


すごく気合が入ってることがわかった。


イベントの前日まで、私は元彼との恋愛のことでメンタルと体調がギリギリだった。大きな不安を抱えたまま、1番安い夜行バスに乗り込んだ私は、11時間という長い間揺られながら、意識を溶かしていった。少しまどろんでいると隣の気難しそうなおばさんが盛岡で降りたので、よしきたとばかりに仕切りを外し、二つ分の席に横になって、何時間か寝息をたてることにした。


朝、本八戸駅についたら、すっぴんのひろしがトテトテとやってきて、愛しくてたまらない気持ちになった。朝早く来させちゃって、ごめん。でも本当ありがとう。いつも車を出してくれた、まめぴーさん。ありがとうございました。


イベントはお昼がブックバー、AND BOOKS。夜はいわとくパルコのpatrie。


AND BOOKSにある本は、かなり私に刺さった。江戸川乱歩の揃いが良くてニマニマしたし、赤瀬川原平が2冊ほど、本棚に刺さっているのには唸った。立て掛けてあるレコードはThe Whoだ。店主さんは穏やかでありながら気さく。カレーの心地いい香りが充満した、落ち着きがあり、どこかモッズは店内で、小林司、ひろし、工藤あかりさんの3人と本について語り合いました。楽しかったなあ。こんなに贅沢な瞬間はなかったと思います。小林司のおすすめの本の一つ、ジーザスサンが私に刺さりすぎてやばかった。ポチりました。


緩やかで暖かく、カレーとコーヒーの匂いが充満する店内。


さむくてもへいき。


昼の部が終わったあと、ひたすら鳴く腹の虫をなんとか収めるために、コンビニでパンを二つ買った。ビジネスホテルに戻り、もつもつと食べる。食べながら、ラインを開く。彼のことを想い、めそめそと泣いた。


つづく



夜の部は気が向いたら書きます